歌集

S47年春合宿
いかだW掲載奥羽日報

暮雪山荘記念手拭

クロカン記念手拭

「霧」復刻版作成にあたって

 現役時代から約30年。当時の資料が色褪せてきているのを見て、18期が現役だった3年間の霧(23号、24号、25号)の電子化を行ないました。軽い気持ちで着手したものの、しばらくすると大変な労力を要する作業であることがわかってきました。ほとんどの方が大切に保管されている霧を、労力をかけて電子化することにどれほどの意味があるのか?大きな疑問を感じながらもついに作業を止めることができませんでした。

 今回の作業で初めて霧を端から端まで、しかも何回も熟読しました。ひょっとしたら当時の編集委員の方々より良く読んだかもしれません。50歳に近づいた今、当時20歳前後の仲間が書いた文章を読み返すと、懐かしさだけではなくて、20歳とは思えない洞察力や深い思考を垣間見たり、軽妙な筆致に感心したり。仲間の多才ぶりを改めて認識しました。

 電子化した霧はあくまでも三石が個人的に復刻したものです。かつての仲間に個人的な資料として提供いたします。ただし、
・著作権等の問題については責任を負いかねます。また、著作権が問題になるような使い方はしないでください。
・この霧には、多数の誤字・誤植があります。復刻に当たって紛れ込んだものも含めて、責任を負いかねます。
・大阪大学ワンダーフォーゲル部の関係者以外の方のご利用はお断りいたします。

なお、・明らかな誤字、誤植以外はもともとのままにしました。
・文字やイラストの形や大きさ、配置などはできるだけ原本に似るように努力しましたが、必ずしも忠実には再現できていません。
・もともとの印刷状態が良くなくてイラストが鮮明ではなかったため、画素単位で修正をしました。元々の味わいや雰囲気を壊さぬよう留意したつもりですが、万一原作者の意図に反していましたらご容赦ください。
・OB・OG・部員名簿は個人情報でもあるため、番地と電話番号は削除しました。

昔を懐かしみ、楽しんでいただければ幸いです。

2004年7月 18期 三石彰純

(PS.3冊の電子化になんと1年半かかりました。あーしんど)    拍手!!!!(寺)
霧48年度版(23号)を見る 霧49年度版(24号)を見る 霧50年度版(25号)を見る


追加:歌集を復刻しました

 7月に作業を終えたつもりになっていましたが、調子にのって歌集(銀杏第7号)も復刻しました。3年間山に持って行っていたので、手垢はもちろん、ガムテープで補修してあったり、コーヒーをこぼした跡、ロウソクが垂れた跡、あげくは虫をつぶした跡など、懐かしい痕跡がたっぷりあります。ただ、霧とは違って、文字が少なかったので作業は比較的楽でした。霧のおまけとして収録いたします。
 なお、CDラベルの”霧”の文字は本物の”霧”から転写しましたので釜洞先生の字です。背景の色はユニフォームの色をイメージして選びました。

 去年の1月から22ヶ月。もちろん、その間ずっと復刻の作業をしていたわけではありませんが、かなりの期間、私の心は30年前を漂い続けたように思います。30年前に訪れた所や、訪れたかった所を無性に訪れたくなりました。リタイヤしたら是非訪れたいと思っています。
 当時は、”法外に高価な”霧や歌集を無理やり買わされ、また書きたくもない原稿を強制的に書かされて腹立しく思った記憶があります。ですが今ではそのように感じたことを恥ずかしく思い、霧や歌集を作り、作らせてくれた先輩諸氏に感謝の気
持ちでいっぱいです。当時の活動の密度の高さには今になって改めて驚きます。また、その詳細な記録が立派な“霧”として残っていることに(自分の手柄ではないくせに)誇りすら感じます。

 いま、17期光本氏の「春のにおい」を聞きながらこれを書いています。30年前にこの世を去った二十歳過ぎの若者の歌声を、50歳になった私が聞きながら、何か導かれるような気がして、とても不思議な心持になっています。
 霧を作ってくれた先輩諸氏、共に活動した同期の諸氏、盛り立ててくれた後輩諸氏に感謝しつつ筆を置きたいと思います。

2004年10月23日(先ほど新潟で大きな地震がありました)  18期 三石彰純

歌集「銀杏」第7号を見る


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